OPTについて

このたわけのところで働く前に話はちょっとだけ遡りますが、大学を卒業後、米国で働ける仮ビザのようなOPT(オプショナルプラクティカルトレーニング)ビザというものをもらいました。
まずはOPTについて詳しいウェブから抜粋して記載しますね。

★OPTってどんなビザ?

『OPTとは、主に、学校で学んだことを、現実社会で実践するために、学生VISAを持っている生徒に働く許可を与えるものです。 在学中、あるいは、卒業後に最長12ヶ月間働くことが可能です。職種は専攻科目に関係のある仕事でなければいけません』

そうなんです。
私のようにジュエリーデザインを学んだ人間は、ジュエリーデザインの関係会社を必死で見つけて後『OPTをもらいました。どうか丁稚奉公させてください』と頼み込んで採用してもらうんです。たわけの会社は一応ジュエリーデザインぽい会社で、帽子やアクセサリーをデザインし、お店にならぶ商品を社員達が女工哀史さながらに夜なべして作って出荷するまでの作業を、その怪しい狭いたわけの巣兼オフィスで行っていたわけです。

ついでにもうちょっとOPTについて。。。

★OPTを申請するための必要条件は?

『OPTを申請するまでに、少なくとも1年以上のフルタイムの学生ステータスがあること
OPTを申請するときに、有効なF1ステータスを保持していること。
学習した分野に関連した職業に就く意向があること。』

そうなんです。ジュエリーデザインの学校でジュエリーデザインを学んだのに、そば打ち師になろうとしておそば屋さんに就職しようとOPTを申請してもいただけないんですよね。

★OPTからH1b(就労ビザ)に変更するタイミングはいつがいいですか?

『大抵の場合企業は、あなたが正式に働き始めて、最初の3ヶ月は試用期間と考えているので、その期間はH1b の申請は行いません。 その試用期間は、OPTのステイタスで働くことになります。そして、H1bがおりるまでに数ヶ月かかりますので、OPTの期間が半年くらいあるときに遅くともH1bの申請を始めることをお勧めします』

あああ。コレですよコレ。私が死ぬような目に会ったのは。
何が起ったのか?詳しくは次回。
posted by CHARA at 07:39 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヘンな会社とヘンな弁護士に関わるとビザでいらぬ苦労をするという話<1>

さて。
先日お話したヘンなオフィスに住んでいるヘンな社長。
アメリカ人……といいますか、頭にJのつく人種の人だったんです。あんまり人種の話をすると差別的になってしまうので、頭の一文字だけで勘弁してください。
で、この彼がまずもってあまりにも訛りが強い英語だったのんで、日常的に一体全体何を言ってるのかさっぱりわけがわからない状態でした。
話しかけられても何を言ってるのかさっぱりチンプンカンプンな上に、理解しないこちらを『英語が上手じゃないんだね』とダメ扱いするKYなヤツでした。挙げ句の果てに彼は英語のスペリングも全然ダメだったので、小切手を切るときに「Augustってどういうスペル?」なんて訊かれる事は日常茶飯事。コイツがクライアントと電話で話をしているのを横耳で聴きながら仕事をしていると、だんだん呪いの言葉を聞いているみたいな気分になってきて、頭痛がしてくるし耳鳴りがしてくるしめまいはするし、毎日がまるで壊れかけのメリーゴーランドのようでした。

こちらではお給料は週払いが通常の形式(だと思う)。
この社長も週払いでお給料を支払ってくれていたんですが、それはあくまで『小切手を毎週手渡してくれる』というだけで、お給料の小切手を社員に手渡しながら「この小切手は再来週の火曜日まで入金しないでくれ」って言う始末です。「その前に入金すると、お金がないから落ちないから」と堂々と言うんです。みんな「なんじゃそりゃ」な気分でしたが、お金がないから、と言われると従わざるを得ません。何週間か遅れでもお金がもらえているだけマシか、と諦めて言われるがままにしていました。
ところがある日、社長が言う期日に小切手を入金したところ、口座のお金が足りず小切手が戻されてしまいました。
この場合、銀行から手数料の15ドルが請求されてしまいます。もちろん小切手の持ち主口座から引き落とされるんですが、この15ドルをコイツは社員のお給料から差し引いていたんですよ。
社員全員猛抗議しましたが、「何故私が15ドルを支払わなければならないんだ!」と逆ギレされる始末。
彼の態度はまさしく『正々堂々』。
我が主張に一点の曇りも無し!という態度です。
そんなバカな……。
と、こちらはあまりの理不尽さに開いた口が塞がらない状態ですが、断固として15ドルを譲らないたわけを相手にしていると、だんだんこちらの品性が落ちてくる気がして、そのままこちらは泣き寝入りです。
こんなトラブルばかり続いていると、どんどん社員のモチベーションは下がる一方。
そしてまた、こういうたわけに限ってそういう空気を読むのだけは得意なんですよね。
ある日、「ハーイエブリバディー!」とバカ満面に笑みをたたえてドアを開いて登場したたわけ社長。
その手には、なんかシケたピンクのお花が6つほど握られています。
なんだよ……、と全員ドン引きしながら固唾をのんで見守っていると、一人一人の席にやってきては「この花をキミに……いつもありがとう」って言いながらそのピンクの花を手渡して行くんです。
「……あ、ありがとう……」と思わずお礼を言って受け取るんですが、なんとなく何かが釈然としないんです。
このモヤモヤ感は何?
と思いつつ、いただいたお花を手に終業後家路についた私たちの目に入ったものは。


隣りの家の庭に咲いていた、そのピンクのお花花壇。


……花泥棒……。

ホントに何なんだよアイツは一体。。。

★そんなたわけに紹介された移民弁護士って、一体どんなヤツ?続きは次回★
posted by CHARA at 11:58 | Comment(0) | 労働ビザH-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

卒業後の就職地獄

前回NYUに留学したと書きましたが、これはいわゆる『語学留学』でした。
どこかの大学にもぐりこむには、この語学コースで一定以上のレベルを卒業するか、もしくはTOEFLで一定以上の点数を獲得しなければいけなかったわけです。私が選んだのは、楽そうで楽しそうだった語学コース。コレはなかなか正解でした。
初めての海外学生生活は、毎日刺激的なことばかりでしたし、友達もたくさんできました(日本人が大半でしたけど)。本来日本人同士でつるまずに、どんどん外国人(ていうか、アメリカでは私たちが外国人だっちゅうのに)と交流すべきなんですが、やっぱりヨーロッパ勢はヨーロッパ同士、アジアはアジア同士という棲み分けがなんとなくできちゃうんですよね、クラスの中でも。
なので、語学コースでの勉強(特に会話系)は、あまりその後の人生に御学的効果があったとは実は思えませんでした。やっぱり語学力がグンと伸びたのは、無事2年のAASプログラムを1年半で終え、ファッション系の大学に入学後でした。
ジュエリーデザイナーになりたいと思って選んだ学校で、1年半大勢の友達と一緒に一生懸命勉強をしているうちに、相手が日本人なのに気がついたら英語でおしゃべりをしてしまっているぐらい、英語漬けの毎日でした。
ファッション系だったので、難しいレポートなんかはありませんでしたが、課題の厳しさは並ではありませんでした。
外国人だけでなくアメリカ人も多く通っている学校ですので、お互いの競争心もスゴかったです(その辺り、アメリカ人はかなり激しいですからね)。
とまあ、学生時代の思い出話はまたの機会においておいて、やっとの思い出卒業した時です。
はっと気がつきました。
就職先が無い。

在学中にインターンのオファーはたくさんありましたし、私も某有名高級デパートのインターンシップや、帽子デザイナーのインターンシップ等色々経験させてもらいましたが、どこにいってもまず英語が完璧でないばっかりに差別をされましたし、苦い思いもたくさんしました。それでもコレがクレジットになるのなら、と思って我慢に我慢を重ねてインターンで働きまくったのですが、そのどの会社からも就職のオファーは無し。
どの求人広告を見ても『経験者求む』なんです。
パタンナー、デザイナー、縫製、デザイン画家。全部全部『経験者のみ』です。
同級生達と「経験者しか採用しないんだったら、新卒の私たちは一体どこで経験を積めばいいわけ?」とぼやく毎日でした。
ところが、捨てる神あれば拾う神有りといいますか(言い方古いですかね)、偶然立ち寄ったカフェのウェイトレス(日本人)が「知り合いのアクセサリーデザイナースタジオで、アシスタントを募集してるわよ」と聞きつけ、早速応募。見事採用されました!
と。
ここまでは良かったんですが、どうも面接の時から社長と名乗る人物の怪しい英語(なまりで何がなんだかさっぱりわからなかった)とオフィスの怪しい雰囲気(二部屋プラスキッチンのマンション=社長の自宅=社長が寝ている間にリビングルームでデザイナーやアシスタント達が作業する)に感じた『なんじゃこりゃ』な気配は、やはり当たっていたんです。

((長くなってきたので続きは次回))
posted by CHARA at 08:53 | Comment(0) | 労働ビザH-1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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